こんにちは!ASDの息子を子育て中の母、ふたハです。
どこへ行っても集団活動がうまくできず、息子は3歳から2年間、親子通園の療育園にお世話になりました。
療育を始めたばかりのころは、

療育を受ければ、息子もみんなと同じようにできるようになるはず…
心のどこかで、そんな期待を抱いていました。
けれど現実は、思っていたものとは違いました。
療育園に通い始めてしばらくすると、集まりや活動の時間になるたびに、息子は部屋から飛び出すようになりました。

せっかく療育を始めたのに、意味があるのかな…
焦りと不安を抱えながら、療育園に通って1ヵ月目の私は、部屋の外で立ち尽くしていました。
また、誰かに相談したい気もちはあるのに、

こんなことで聞いていいのかな…

親の私がもっと頑張らないと…
そう思ってしまい、なかなか一歩が踏み出せず、気づけばすべてを1人で抱え込んでいました。
そんな私に、ある日、療育園の先生がかけてくれた言葉があります。
「ママはどうしたい?」
この一言をきっかけに、息子だけでなく、私自身の考え方や向き合い方が、少しずつ変わっていったように感じています。
この記事では、ASDの息子が療育を始めて1ヵ月、部屋に入れずに悩み続けた日々の中で、親の私自身の気もちや考え方の変化についてまとめました。
同じように、療育に悩んでいるママやパパにとって、少しでも気もちが軽くなるきっかけになればうれしいです。
せっかく療育を始めたのに、部屋に入れなかったASD息子
息子のために、悩んだ末にようやく決断した療育。
専門の先生と関われる環境があれば、息子の成長の遅れを取り戻せるはず。
そんな期待を持って、療育園に通い始めました。
けれど、通い始めて間もなく、その考えが甘かったことを実感することに…。
1週目は意外と順調?困りごとが出てきたのは2週目から
通い始めの1週目は、思っていたよりも落ち着いて過ごせていました。
自由遊びでは好きな遊びに集中し、活動の時間も、私が後ろから支えたり、手を引いたりしながらでしたが、大きなトラブルはなく。
みんなの流れに、なんとかついていくことができていました。
最初はきっと大変になるだろう…と覚悟していた分、

意外とできてる…?
淡い期待を抱いたのを覚えています。
ところが、通い始めて2週目に入った頃から、少しずつ息子の様子が変わってきました。
療育園の流れが分かってきて余裕ができたからなのか。
1週目は様子見で我慢していたのか。
言葉にできなかったけれど、本当はイヤだったのか。
理由は分からないまま、息子の困りごとは突然始まりました。
集まりや活動の時間になると、部屋から飛び出すように…
朝の自由遊びの時間は、比較的落ち着いて過ごせていました。
けれど、集まりや活動の時間になると、状況は一変します。
「あと5分でお片づけですよ〜!」
先生の声かけをきっかけに、息子は部屋から飛び出すようになりました。
呼び戻そうとしても、部屋の中に入れようとしても、息子は断固として戻ろうとしません。
とめればとめるほど外へ行こうとし、癇癪をおこしてしまう日が続きました。
そんな息子の様子を前にして、

癇癪が怖くて、どう対応したらいいのか分からない…
そんな状態に追い込まれていきました。
「外から参加して意味あるの?」あせる親の気もち
部屋の外からでも、中の様子を窓ごしからじっと見ていたり、体操の音楽に合わせて少し体を動かしたりする姿はありました。
でも、ドアがきちんと閉まっていないと落ち着かず、少しでも開けようとすると癇癪になってしまう状態でした。
そのため、外にいる私には、先生の話がよく聞こえず。
ほかの子たちがイスに座って集まりに参加していたり、友だちと楽しそうに活動している姿を、ただ外から眺めるだけの状況に、

私たち、何をしに来ているんだろう…

このままで、療育になっているのかな…
そんな問いが、頭の中を何度もぐるぐる回っていました。
「何とかしないと…」療育の悩みを1人で抱え込んでいたころ
療育に通っているのに、療育室に入れない息子。
その状況を前にして、

私がなんとかしないと!
いつの間にか、親である私の責任だと強く感じるようになっていました。

誰かに頼る前に、まず自分が頑張らなければ…
そう思い込むことで、私は少しずつ、ひとりで悩みを抱え込むようになっていきました。
息子だけでなく、親の私も療育の環境に慣れず戸惑っていた
息子にとって療育園は、初めての場所、初めての人、初めての集団。
不安が大きいのは当然で、慣れるまでに時間がかかるのも、無理はありません。
そしてそれは、親である私自身も同じでした。
これまでにも、子育て支援センターや児童館、幼稚園のプレなど、親子で参加する活動はいくつか経験してきましたが、どれも長くて2時間ほど。
それに対して、親子通園の療育園は、登園から活動、給食まで含めて、ほぼ1日一緒に過ごします。
毎日6時間近く、息子の対応や見守りをしながら過ごす生活。
特に、通い始めのころは、
毎日通うのがしんどくて、心も体もぐったりでした。
相談したいのにできない…療育の悩みを話せなかった
私は、もともと誰かに相談することが得意ではありません。
自分の気もちや悩みをさらけ出すことに、どこか抵抗がありました。
本当は、聞きたいことがたくさんあるのに、いざ相談しようとすると、言葉が出てこない。
そんな不安が、心の中でブレーキをかけていました。
また、先生からのアドバイスも、当時の私は素直に受け取ることができませんでした。
今なら何とも思わないような一言でも、そのころの私には、強く心に刺さって、責められているように感じました。

何か言われるのが怖い
そんな気もちから、私自身が人との関わりを避けていたのかもしれません。
せっかく勇気を出して療育につながったのに、気づけばまた、ひとりで悩みを抱え込む日々に戻っていました。
「ママはどうしたい?」と聞かれて、意識が切り替わった瞬間
療育に通い始めて、気づけば1ヵ月が過ぎようとしていました。
部屋に入れない状況は相変わらずで、私が何とかしなきゃ…とひとりで頑張り続ける日々。
けれど、自分の心や体が限界に近づいていることに、ようやく気づき始めました。
そして、このままではいけないと思い、先生に相談する決意をしました。
1ヵ月ひとりで頑張り続けて…気づいた親の限界

まだ始めたばかりだし…

もう少し我慢すれば変わるかも…
そう自分に言い聞かせながら、1ヵ月間、周囲に頼れず、ひとりで必死に向き合ってきました。
でも本音では、どう関わればいいのか分からないまま、療育園へ行くこと自体が、少しずつ重くなっていました。
頑張れば何とかなると思っていたけれど。
気づかないふりをしていただけで、もうとっくに、ひとりで抱えられる限界を超えていたと思います。
意を決して先生に相談した日のこと

このままでは、私がつぶれてしまう…
自分の限界を察して、先生に相談することを決意し、頭の中で何度もシミュレーションをしました。
今日は絶対に言う!…と決めて登園し、思い切って先生に声をかけました。
それでも、実際に言葉にする瞬間は、胸がぎゅっと苦しくなりました。

部屋に入れない状態が続いていて、対応に困っています。
説明が得意ではないので、言葉に詰まりながら話しましたが、先生は遮ることなく、最後まで静かに耳を傾けてくれました。
そして、

今までのママ達は、どう対応していましたか?
ずっと胸にしまっていたことを、やっと伝えることができました。
「ママはどうしたい?」と返されて、気づいたこと
先生は、
「部屋の中に入らせるママもいましたし、子どもの気がすむまで付き合うママもいましたよ」
と教えてくれました。
そのうえで、
「ママは、どうしたいですか?」
と聞かれ、その言葉を聞いた瞬間、私は思わず、言葉に詰まりました。
これまでの私は、「どうすれば正解なのか」「何が一番いい対応なのか」そればかりを考えていました。
息子のため、療育のためと思いながら、自分の気もちは、いつも後回し。
けれど、この質問をきっかけに、「私がどうしたいのか」の視点で考えることの大切さに気づくことができました。
先生と話し合って決めた、「部屋に入って参加する」療育目標
「ママはどうしたい?」と聞かれて、立ち止まって少し考え、

集まりや活動を部屋の中で過ごせるようにしたいです!

手伝ってください!
私は正直な気持ちを先生に伝えました。
そして、話し合った末に、「集まりや活動の時間は部屋の中で参加する」ことを療育の目標に設定し、先生と協力しながら取り組んでいくことになりました。
もちろん、この選択に迷いがなかったわけではありません。

無理をさせてしまうのではないか…

逆効果になってしまうかも…
それでも、ひとりで抱え込むのではなく、先生と連携しながら進めていく。
その選択が、私にとっての大きな一歩でした。
部屋に入れた途端、癇癪が増え心が折れそうに
実際に「部屋に入る」ことを実践し始めると、想像以上に大変でした。
片づけの合図が出ると、先生がさりげなくドアの近くに立ち、息子が外に出ないようにドアを閉めたり、そっとガードしてくれました。
それでも、どうにかして外に出ようと必死な息子は、なかなかあきらめきれず、泣き叫ぶ場面が増えていきました。
抱っこも声かけも通じず、癇癪は以前より強くなったように感じました。
その姿を見るたびに、

私の選択は間違っていたのかもしれない…
そんな気もちが何度も頭をよぎりました。
さらに、大きな泣き声が苦手な子や、楽しく活動していた子の邪魔になっているのでは、という思いも重なり、部屋の中に居続けることへの罪悪感と、周囲の視線がつらく感じました。
この状態が数日続き、心が折れそうになる瞬間が何度もありました。
「一度決めたなら、やりましょう!」先生の言葉が支えに
それでも続けられたのは、先生がそばで支えてくれたからです。
息子が大きく荒れてしまった日、
「一度やると決めたなら、やりましょう。」
「中途半端はよくないです!」
落ち込んでいる私に先生が声をかけてくれました。
その言葉は、私に対して「頑張れ」と背中を押すだけでなく、「一緒に支える」先生の覚悟が込められているようにも感じました。
だからこそ、心強く感じ、自然とその言葉を受け止めることができました。
一緒に考え、一緒に悩み、一緒に進んでくれる人がいる。
そのおかげで、前を向くことができました。
少しずつ部屋で過ごせる時間が増えた息子
息子の変化は、すぐに表れるものではありませんでした。
けれど、毎日、一貫した対応を続ける中で、気づきがありました。
息子の様子を見ながら、先生と相談し、対応を調整しながら進めていきました。
すると、少しずつ、確実に。
息子の反応にも変化が見えてきました。
部屋の中で過ごせる時間が少しずつ伸び、泣かずにあきらめて活動に参加できる日も増えていきました。
まとめ|療育で先に変わったのは、ASD息子より親の私だった
療育を始めて1ヵ月。
正直なところ、息子に目に見える大きな変化は、まだ感じられませんでした。
それどころか、できないことや気になることの方が、たくさん目についた時期だったと思います。
けれど、改めてふり返ってみると、大きく変わったのは息子ではなく、親である私自身だったように感じます。
療育を始める前の私は、
このような考えや対応で、上手くいかないことが多かったです。
でも、
療育を通して、私の考え方や関わり方が少しずつ変わったことで、結果的に、息子が安心して過ごせる時間が、少しずつ増えていったように感じます。
療育は、すぐに答えが出るものではありません。
迷ったり、立ち止まったりしながら進むこともあります。
それでも、療育を始めて1ヵ月目の経験を通して、
息子の現状と向き合う覚悟を持つこと、そして目標や方向性を先生と共有すること。
その大切さを強く実感しました。


