《園児ふたハ》突然始まった不安いっぱいの集団生活。
3歳くらいまでの記憶はほとんどありません。
4歳になり保育園に通うようになってからの記憶はいくつかあります。入園してしばらくの間は毎日泣いていた記憶がぼんやりとですが残っています。
なんで泣いていたのか?なにが嫌だったのか?自分でもよくわかりません。
家での自由気まま生活からルールがある集団生活への環境の変化に対応できなかったこと。そして、近所に同じ年の子がいなくて一緒に遊ぶ経験をしていなかったこと。
これらは原因の一つかなと思います。



《おとなふたハ》突然の集団生活で混乱しないように!入園前に友達との関りや集団生活の経験をしておく。
今は子育て支援センターや児童館で入園前の親子を対象としたイベントや講座がたくさんあります。幼稚園でも入園前に通えるプレ幼稚園というシステムがあったり、子育て支援が充実していているように思います。
自称ASD母としては、このような場に参加するのは苦手でした。でも、みみコやぱんタのためだと思いできるだけ参加していました。
近所に同じ年の子がいなくても入園前に友達ができたり、プレ幼稚園は親と一緒に参加できて時間も短いので少しずつ集団生活に移行できて良い仕組みだなと感じます。

正直、気は重かったですが…。
コミュニケーション下手な私でもママ友ができました。数人ですけどね。1人いてくれると心強い!
保育園の頃を振り返って/母への感謝と母に本音が言えなかった理由。
私が保育園で話さないことや登園しぶりで、母にはとても心配をかけたなと思います。
母が毎日先生に相談してくれていたことや私のことを思って厳しく言ってくれたことはとても感謝しています。
でも、当時の私は母の厳しい言葉を表面的にしか受け取ることができませんでした。不安と怖さでしかありませんでした。そして、言ったら怒られると思いだんだん心を閉ざしてしまいました。
家ではパッと見た感じでは普通に話しているようですが、心の本音の部分や都合の悪いことは隠して、当たり障りのない話題を選んで話していました。
自分の気持ちを言えるようになった今は、母とも対等に意見を言い合えるし、時には母を納得させるほどに成長しました。

成長できたのは、困難にぶつかってきた経験と乗り越えられた自信のおかげです。
親の立場になって心がけていること/自分の意見や気持ちが言える関係づくり
みみコやぱんタが学校にいきたくないという日があります。自分も学校に行きたくないタイプだったので気持ちは分かります。どんな言葉かけや寄り添い方をしたら少しでも前向きな気持ちで学校に行けるかな…と毎日試行錯誤しています。
現在、ぱんタの登下校の付き添いを毎日しています。小学生の子ども達が暑い日も寒い日も雨の日も風が強い日も毎日登下校している姿をみて、学校に毎日通っているだけでもすごいなと感じます。毎日ぱんタや周りの子ども達を見守る中で元気をもらっています。
また、私は自分の意見や気持ちが言えなくて苦しい思いをしたので、みみコやぱんタには自分の意見や気持ちを言える人になってほしいです。
今のところ、みみコやぱんタと言い合いになった時は、私の方が強いです。私の意見が一方的にならないように気をつけています。

みみコやぱんタの声に耳をかたむけ
みみコやぱんタが本心を言えるように
関係づくりを頑張っています!