
「きょうだい児」という言葉を聞いたことはありますか?
きょうだい児とは、障害や特性のあるきょうだいをもつ子どものことを指します。
わが家にはASDの息子と、3歳上の娘がいます。
息子の療育に追われる日々の中で、手がかからないから大丈夫だと、私は娘のことを後回しにしていました。
特に、娘が年長から小学2年生のころは、たくさん我慢させていたように感じます。
文句を言わず学校に通い、つらい気持ちを表に出さず、親を気遣うようにふる舞っていた娘の姿に、当時の私は十分に目を向けられていませんでした。
娘の様子や言動を思い出してみると

これは、我慢の積み重ねだったのでは…?
と思い当たる出来事がいくつも浮かびます。
この記事では、ASD息子の療育に集中しすぎて、きょうだい児の娘に我慢をさせてしまっていた過去と、今あらためて大切にしている娘との関わり方をまとめました。
きょうだい児の娘に目を向けられなかった理由

どうして、娘のしんどさに気づけなかったんだろう…
ふと立ち止まったとき、そんな後悔が胸に込み上げてくることがあります。
でも、当時の私は、決して娘を大切に思っていなかったわけではありません。
ただ、目の前のことで精一杯で、心にも時間にも余裕がありませんでした。
その結果、娘が出していた小さなサインに、気づけずにいたように感じます。
ここでは、ふり返りながら、なぜ娘に目を向けられなかったのかを整理してみました。
手がかからなかった娘に甘えてしまった
娘は、いわゆる「手のかからない子」でした。
そんな娘の姿を見て、

娘はきっと大丈夫!
と、どこかで思い込んでしまっていました。
その結果、手のかかる息子のほうに意識が向き、娘のことは後回しになっていました。
でも今思えば、娘が文句を言わずに我慢してくれていたからこそ、見えなくなっていただけでした。
敏感で繊細な娘は、家の雰囲気や私の余裕のなさを感じ取り、自分の気持ちを押し込めていたのかもしれません。
何も言わないから困っていない…と、そう決めつけてしまっていた自分を、今は反省しています。
一度にひとつしか向き合えなかった、私自身の余裕のなさ
そもそも私は、器用なタイプではなく、一度にたくさんのことを行うのが得意ではありません。
結婚、出産、子育てと環境が大きく変わる中で、さらに息子がASDだと分かり、生活は一気に慌ただしくなりました。
私の力量では限界に近く、複数のことに向き合う余裕がなかったのが正直なところです。
そのため、目に見えて困りごとがあり、今すぐ対応が必要な息子に意識が集中していきました。
心のどこかでは、

娘のこともちゃんと見ないと…
と思っていながら、娘の方まで手も気持ちも回らなかった…
それが、当時の私の現実でした。
息子の療育を最優先にしていた日々
特に、息子が3歳になり、療育園に通い始めてからは、毎日を回すだけで精一杯でした。
少しでも息子が環境に適応できるように…
少しでも息子の困りごとが減るように…
とはいえ、息子のためにというより、療育を最優先にしなければという思いだけで動いていた。
そんな感覚があります。

家事も最低限でやっていました…
必死すぎて、周りを見る視野が狭くなっていたように感じます。
きょうだい児の娘が抱えていた我慢
息子の療育に必死だった当時、私は娘が我慢しているかもしれないという視点を、ほとんど持てずにいました。
毎日を大きなトラブルなく過ごしているように見えた娘。
手がかからず、学校にもきちんと通えている。
その姿だけを見て、娘は大丈夫だと私は思い込んでいました。
けれど、娘は自分の気持ちを後回しにしながら、たくさんの我慢を重ねていたのかもしれない。

そう感じる出来事が、いくつも思い浮かびます…
小学1年生のころ|慣れない学校生活で頑張りすぎていた娘
小学校1年生になった娘は、大きく環境が変わる中でも、文句を言わずに毎日学校へ通っていました。
幼稚園から仲の良かった友だちと離れ、新しい環境に戸惑いやさみしさがあったはずなのに、娘はその気持ちをほとんど口にしませんでした。
娘はもともと大人しく、感情を外に出すのが得意ではないタイプ。
少し言葉のゆっくりさもあったので、自分の気持ちをうまく言葉にできなかったのかもしれません。
手先や運動もあまり得意ではなく、よく転んでケガをして帰ってくることもありました。
また、マイペースな性格で、給食が食べきれなかったり、宿題に時間がかかったりすることも多かったです。
それでも、はっきりと「つらい」「しんどい」と訴えてくることはありませんでした。
今思えば、娘が弱音を言える関係性をつくれておらず、知らず知らずのうちに、無理をさせていたように感じます。
1年生の担任の先生に言われて気づいた娘のつまずき
娘が小学校生活に慣れてきたころ、担任の先生から、こんな言葉をかけられました。
「宿題を、しっかり見てあげてください」
その言葉を聞いた瞬間ハッとしました。
毎日、娘が宿題をやっている姿は見ていました。
けれど、実際には、息子の対応に追われる中で、やったかどうかの確認だけで、中身までは見ることができていなかったのです。
あらためて娘のノートやドリルを見ると、走り書きのような筆跡で、書き間違いや書き忘れがたくさんありました。
先生の赤いチェックがいくつも入り、消して書き直した跡も残っていました。

ちゃんと見てあげられていなかった…
学校生活の中でつまずきながらも、親に頼れず、ひとりで抱えていたのかもしれない…。
申し訳なさと同時に、そんな思いが込み上げてきました。
小学2年生のころ|行きたくない気持ちに寄り添えなかった後悔
小学2年生の3学期ごろ。

おなかが痛い…
娘は朝になると、体調がすぐれなかったり、気持ちが不安定になる日が増えていきました。
しかし、学校へ行けば帰ってくるころには元気そうな様子。

行けているなら大丈夫だよね…
そのように私は判断してしまい、特に対処せずに登校させていました。
でも今思えば、
いくつもの要因が重なり、娘の中には不安やしんどさが、少しずつ積み重なっていたのだと思います。
それでも娘は、大きく泣いたり、強く訴えたりすることはありませんでした。
言っても分かってもらえないと、私に対してあきらめて、しぶしぶ学校へ行っていたのかもしれません。
3年生になり、クラス替えや担任の先生が変わると、おなかの不調は自然となくなりました。
ただ、あの時、娘の行きたくない気持ちにもっと丁寧に寄り添えていたら…。
その後悔は、今も心の中に残っています。
きょうだい児の娘に対する関わり方に悩んだ時期
娘が抱えていた「我慢」に気づいたとき、私は強い焦りを感じました。

距離をつくってしまった今までの分を、取り戻さないと…

ちゃんと向き合わないと…
そう思うほど、気持ちは空回りしてしまい、いざ娘と向き合おうとすると、言葉が出てこなくなりました。
何を話せばいいのか、どんな距離感が正解なのか分からない。
関わらないと…と思う気持ちと、どう関わればいいのか分からない戸惑いの間で、立ち止まってしまいました。
気づけば最低限の会話だけになっていた親子関係
ふり返ると、その頃の娘との会話は、生活を回すための言葉ばかりだったように思います。

宿題やった?

明日の準備して!
要望や指示ばかりで、娘の気持ちに耳を傾ける余裕はほとんどありませんでした。
娘が何か話そうとしても、

あとにして!

今ちょっと待って!
そう返してしまうことが多く、気づけば娘のほうから話しかけてくることが少なくなっていました。
話を聞けていなかったのは私なのに、距離ができていることに気づいたときは、胸がぎゅっと苦しくなりました。
ASD息子の声かけばかり学び、娘の気持ちが見えなくなっていた
当時の私は、ASDの特性がある息子への声かけや関わり方を、必死に学んでいました。
療育園に通いながら、先生や専門家のアドバイスを参考にして、どう伝えれば息子に届くのかを考える毎日。
その一方で、娘に対しては、どう話しかけたらいいのか分からなくなっていました。
もともと私は、人と話すことがあまり得意ではありません。
子どもたちが小さいころ、ことばの遅れを相談した際に、
「たくさん話しかけてあげてくださいね」
と、よくアドバイスされました。
そう言われるたびに、どうすればいいのか分からず、できない自分を責めてしまうこともありました。
特性のある息子への声かけは学べても、きょうだい児である娘との会話を、どう育てていけばいいのかを教えてくれる場所はありませんでした。
今思えば、特別な声かけなんて必要なく、ただ話を聞いて、

そうだったんだね!
と受け止めてあげられたらよかった…と感じます。
でも、当時の私は、正解を探しすぎて、目の前の娘の気持ちを見失っていました。
きょうだい児の娘のために今取り組んでいること
娘の「我慢」に気づいたとき、正直に言えば、もっと早く気づいてあげたかったという後悔の気持ちが大きくありました。
でも、それと同時に、

今からでもできることは、きっとある!
そう思えるようになったのも、この気づきがあったからです。
完璧なフォローではなく、少しずつでも娘と向き合う姿勢を取り戻していくことが大切だと感じています。
ここでは、今わが家で意識して取り組んでいることをまとめました。
娘の話を聞く姿勢を大切にする
以前の私は、娘の話を聞くよりも、つい「正解」や「アドバイス」を返そうとしていました。

こうしたらいいよ!

それは違うよ!
そのような声かけを積み重ねた結果…

もういい!
娘から反発されたり、距離を取られてしまった時期もあります。
娘の気持ちに寄り添う前に、話を終わらせてしまっていたと反省しています。
今は、次の3つを意識しています。
これは、療育で学んだ息子の関わり方として大切にしてきたことですが、娘との関係にもそのまま活かせると感じ、実践しています。
以前は、宿題を一緒にすることが難しい時期もありましたが、今では素直に話を聞いてくれる場面が少しずつ増えてきました。
とはいえ、娘から注意されることもよくあります。

最後まで話を聞いてよ!

すみません…
それだけ、ちゃんと向き合おうとしていることが伝わってきて、私自身の意識づけにもなっています。
できていること・頑張っていることを言葉で伝える
また、娘が当たり前のようにやっていることを、言葉にして伝えることも大切です。
これまで私は、できて当たり前だと思い込み、あえて言葉にして伝えてこなかったことがたくさんありました。

できたね!

助かってるよ!
ほんの一言でも、気づいたときに伝える。
それを続けていくうちに、娘の表情や反応が、少しずつやわらいできたように感じています。
娘と一対一で向き合う時間を意識的につくる
そして、娘と一対一で過ごす時間を意識的につくるようにしています。
夫に息子を任せたり、息子が放課後等デイサービスを利用している時間を活用して、娘との時間を確保しています。
特別なことをしなくても、一緒に過ごす時間を大切にするだけでも十分だと感じます。
短い時間でも、少しずつ積み重ねていくうちに、娘のほうから、学校であったことや嫌だったことを話してくれるようになりました。

娘と自然に話せている!

一緒に笑えている!
私自身も娘との会話を楽しめるようになりました。
まとめ|きょうだい児の気もちに寄り添う最初の一歩

もっと早く気づいてあげられたらよかった…

あのとき、違う声かけができていたら…
きょうだい児である娘の「我慢」に気づいたとき、私の中には、後悔や申し訳なさが一気に押し寄せてきました。
でも今は、気づいてからでも、親子の関係は少しずつ変えていけると感じています。
特別な支援をしなくても、完璧な関わり方でなくても、日々の小さな積み重ねが、娘との関係をゆっくりと取り戻してくれたように思います。
今の娘は、学校であったことを話してくれたり、以前よりも気持ちをぶつけてくれるようになりました。

とはいえ、娘の本心は、私が受け取れている部分のほんの一部なのかもしれませんが…
それでも、娘との関わりを重ねる中で、きょうだい児の気もちに目を向けようとしたその一歩が、親子の関係を少しずつ動かし始めてくれたように感じています。

