療育を受けない選択をした理由|言葉の遅れが気になった娘の話

娘が小さいころ、言葉の遅れが気になり、療育を受けなくても大丈夫か悩んでいた時期がありました。

他にも、児童館や幼稚園のプレに行っても私のそばから離れなかったり、消極的で自己主張が少なかったり、友だちとの関わりを避けるような様子が見られたり…。

ふたハ
ふたハ

幼稚園に入園して、娘1人で集団の中でやっていけるかな…

そんな不安でいっぱいでした。

しかし、娘が幼稚園に入園してから、少しずつ変化が見えてきました。

ダンスが好きで輪の中に積極的に入っていったり、自分のやりたいことを選んで楽しんだり。

友だちとは適度な距離を保ちながらも、娘なりの関わり方で過ごしていたり。

ふたハ
ふたハ

幼稚園生活の中で、娘の成長をとても感じました。

その結果、わが家では就学前に娘を療育につなぐことはありませんでした。

ただ、3歳下の息子は療育をしっかり受けていることもあり、娘が療育を受けなかった判断は本当によかったのか…今でも考えることがあります。

この記事では、言葉の遅れが気になっていた娘に対して、なぜわが家が「療育を受けない選択」をしたのかをまとめました。

発達に心配を感じ始めた幼稚園入園前の娘の様子

娘がまだ幼稚園に入る前のことです。

日常生活に大きな困りごとがあったわけではありませんでしたが、育児をする中でふと立ち止まってしまう瞬間がいくつかありました。

ふたハ
ふたハ

決定的な問題があるわけではないけれど、なんとなく心に引っかかる…

娘の小さな違和感を抱えたまま、幼稚園入園を迎えることになりました。

言葉の遅れが気になっていた娘

娘は、言葉がまったく出ていないわけではありませんでした。

日常会話は成り立っていて、こちらの話も理解できていました。

ただ、同じ年齢の子と比べると、

  • 言葉が一気に増え始めたのが3歳頃と少し遅め
  • 話し方が幼く感じる
  • 自分から話すことが少ない

そんな印象を持っていました。

乳幼児健診では様子を見ましょうと言われる程度でした。

ふたハ
ふたハ

本当に様子見で大丈夫なのかな…

心の奥に小さな不安が残っていたのを覚えています。

親と離れると不安そうにする姿

他に気になっていたのが、人見知りの強さでした。

児童館や子育て支援センターなど、集団の場に行っても私のそばからなかなか離れられず、

  • 私の姿が見えなくなると不安そうにする
  • 集団の輪に入るまでに時間がかかる
  • おもちゃを取りに行くのをためらってしまう

そんな様子がよく見られました。

友だちと遊ぶよりも、私の近くで一人遊びをしたり、おやこで一緒に過ごす時間が多かった娘。

ふたハ
ふたハ

このまま幼稚園に入って、集団の中で一人でやっていけるのかな…

入園前は、集団生活に対する不安が常に頭にありました。

消極的で自己主張が少なかった性格

小さいころの娘は、とてもおとなしいタイプでした。

  • 自分から前に出ることが少ない
  • 嫌なことがあっても我慢してしまう
  • 周りに合わせて行動することが多い

このような娘の姿を見て、心配に感じました。

ふたハ
ふたハ

困った時に先生に言えるかな…

ふたハ
ふたハ

気持ちを出せなくて辛い思いをしないかな…

限界になると泣いて訴えることはありましたが、大きな癇癪を起こしたり、目立ったトラブルになることはほとんどありませんでした。

そのため、気になる部分はあるけれど、決定的な困りごとではない…。

そんな状態のまま、幼稚園入園を迎えることになりました。

幼稚園生活の中で見えてきた娘の成長

幼稚園に入園してからも、娘の言葉のゆっくりさは気になる点のひとつでした。

それでも、集団生活の中で過ごす時間が増えるにつれ、少しずつ変化が見えてきました。

集団生活の中で少しずつ変わっていった娘の様子

入園当初は、私と離れることに不安を感じやすく、朝の登園時に表情が硬くなることも多かった娘。

ですが、担任の先生やクラスの雰囲気に少しずつ慣れていく中で、

  • 朝の支度を自分で進められるようになった
  • 決まった流れの中で行動できるようになった
  • 安心できる友だちの存在ができた

といった変化が見られるようになりました。

自分から前に出るタイプではありませんでしたが、先生の話をよく聞き、周りをよく見て行動している様子が伝わってきました。

ふたハ
ふたハ

集団の中で、ちゃんと自分の居場所を見つけている…

娘の成長を感じられ、私の中で大きな安心材料になっていました。

言葉はゆっくりでも、理解力や生活面は育っていた

言葉の発達は相変わらずゆっくりでしたが、

  • 先生の指示を聞いて行動できる
  • 活動のルールを理解して守れる
  • 日常生活(トイレ、食事など)のことが自分でできる

といった点では、困りごとを感じる場面はほとんどありませんでした。

先生からも、

  • 理解力はしっかりありますよ
  • 言葉できちんと伝えられていますよ

と声をかけてもらえたことで、少しずつ気持ちが軽くなっていったのを覚えています。

ふたハ
ふたハ

娘のペースを信じて、もう少し見守ってみよう。

幼稚園での集団生活の中で、少しずつ力を伸ばしていく娘の姿を見られたことが、わが家が療育を受けない選択をした理由のひとつだったように思います。

年長になって再び強くなった言葉の遅れの不安

幼稚園生活を通して、少しずつ成長を感じられるようになっていた娘。

しかし、年長になる頃、再び言葉の遅れに対する不安が強くなっていきました。

ふたハ
ふたハ

そのうち追いつくよね…

そう自分に言い聞かせながら、様子を見続けていた部分もあります。

けれど、就学が近づくにつれて、

ふたハ
ふたハ

このまま何もしなくて、本当に大丈夫かな…

という気持ちが、少しずつ大きくなっていきました。

「さ行」「ら行」の発音が特に気になった

日常のやりとりに大きな問題はなく、伝えたいことはきちんと伝わっていました。

そのため、家で話している分には、そこまで気にならなかったのですが、年長になっても、気になる発音は残っていました。

特に気になっていたのが、「さ行」や「ら行」の発音です。

年少・年中の頃は成長の途中として受け止めていましたが、周りの子たちの話し方がしっかりしてくるにつれて、焦りを感じるようになりました。

友だちに発音を指摘されている場面を見て

ある日、幼稚園で友だちに発音を指摘されている場面を目にしました。

「ちがうよ!言い方へんだよ!」

悪気のない、思ったままの一言でした。

けれど、そのときの娘は少し戸惑ったような表情を浮かべ、あまり話さなくなってしまいました。

その姿を見て、

ふたハ
ふたハ

娘なりに、言葉のことを気にし始めているのかもしれない…

胸がぎゅっと締めつけられるような気持ちになりました。

小学校での発言・音読への不安

さらに、小学校生活を思い描いたとき、不安はより現実的なものになっていきました。

  • 授業中の発言で、間違いを指摘されないか
  • 音読の場面で、つまずいてしまわないか
  • 話すこと自体に苦手意識を持ってしまわないか

娘はもともと、積極的に前に出るタイプではありません。

だからこそ、言葉のことで自信をなくしてしまうことが何より心配でした。

娘の言葉の遅れを相談して見えてきた選択肢

娘の言葉の遅れが、再び気になり始めたものの、娘にとって何が一番いい選択なのか分からず、私は立ち止まっていました。

幼稚園での成長も見てきたからこそ、すぐに療育につなげる決断もできず、でも何もしないことへの不安もありました。

そんなとき、息子が通っていた療育園で相談したことが、次の一歩につながるきっかけになりました。

幼稚園の園長先生から、療育園の先生への相談を勧められる

まずは、幼稚園の個人懇談で、担任の先生に娘の言葉の遅れについて相談してみました。

ただ、担任の先生も対応に悩んでいる様子で、その場では具体的な方向性まで話が進みませんでした。

数日後、幼稚園の園長先生から声をかけてもらいました。

「息子くんが通っている療育園の先生に、一度相談してみてはどうですか?」

その言葉を聞いたとき、ハッとしました。

療育園は息子のための場所という思い込みがあり、選択肢としてすっかり頭から抜け落ちていました。

さっそく翌日、息子が通っている療育園の園長先生に、娘の様子や今感じている不安を伝えました。

言語聴覚士に相談して見えた娘の状況

その結果、療育園の言語聴覚士さんに相談できることになり、予約した日に娘を連れて療育園へ向かいました。

当日は、娘と会話をしながら、発音の様子ややりとりの仕方、口や舌の動きなどを丁寧に見てもらいました。

「口や舌の動かし方に、少し不器用さがありますね」

その後、言語聴覚士さんから娘の今の状態を聞き、家庭で無理なく取り組める口の体操や、言語訓練を受けられる病院を紹介してもらいました。

言語訓練を受けられる病院を予約

自治体によっては、就学前や小学校入学後に「ことばの教室」が設けられている場合もあるようですが、わが家の地域にはそのような支援はありませんでした。

そのため、病院で言語訓練を受けることを選びました。

自宅から通える病院は療育園で紹介してもらった1か所のみでした。

すぐに電話をして、予約をしたのは、娘が年長の2月ごろ。

その病院は就学前の子どもが対象だったため、今からでも受け入れてもらえるか不安でした。

順番待ちがあり、実際に言語訓練が始まるのは小学校入学後になると言われましたが、無事に受け入れてもらえることが決まり、ホッとしたのを覚えています。

病院で言語訓練を1年間受けて感じたこと

息子とは違い、集団生活で目立った困りごとはなかった娘。

それでも、ずっと感じていた言葉の遅れに対する不安は、簡単には消えませんでした。

ふたハ
ふたハ

何かできることはないかな…

悩んだ末にたどり着いたのが、病院での言語訓練でした。

小学1年生から始まった娘の言語訓練

実際に娘の言語訓練が始まったのは、小学1年生になってからでした。

月2回、1回1時間のマンツーマン指導を、約1年間続けました。

訓練では、先生が発音の見本を示しながら、口や舌の位置、動かし方を一つひとつ丁寧に確認していきました。

苦手な音を何度も練習する時間は、娘にとって決して楽ではなかったと思います。

それでも、少しでもできたところを見つけて認めてくれ、無理に急がせることなく娘のペースを大切にして進めてくれました。

そのおかげで、娘はうまくできなくても大丈夫と思えるようになり、言語訓練は安心して挑戦できる居場所になっていたように感じます。

小学校への情報共有で意識したこと

言語訓練を受けることが決まった段階で、小学校には事前に以下のことを伝えていました。

  • 言葉の遅れが気になっていること
  • 特に音読や発言に不安があること
  • 病院で言語訓練に通う予定があること

特別な配慮を強くお願いしたわけではありませんが、学校に伝えておくことで、娘にとっても親にとっても不安が少し軽くなったように感じます。

言語訓練を通して感じた娘の変化

1年間の言語訓練を終えた頃には、娘の発音で気になる部分はほとんどなくなっていました。

それ以上に大きかったのは、内面の変化です。

  • 発音を意識しながら話そうとする姿が増えた
  • 音読への抵抗感が少しずつ和らいだ
  • 間違えてもやり直せばいいと意欲的になった

娘にとって言語訓練は、発音を整えるだけでなく、少しずつ話す自信を育てられた大切な経験だったように思います。

まとめ|娘が療育を受けなかった選択をふり返って

ふたハ
ふたハ

早めに療育につなげたほうがいいのでは?

娘の発達に不安を感じていた当時、何度もこのような考えが頭をよぎりました。

結果的に、娘は療育を受けることなく、現在は小学5年生になりました。

娘は言葉の遅れがありましたが、

  • 集団生活の中で少しずつ安心して過ごせるようになっていたこと
  • 言葉はゆっくりでも、理解力や生活面は着実に育っていたこと
  • 自分なりのペースで環境に慣れ、吸収していく力があったこと

こうした姿を見て、療育園には通わず、言語訓練だけを受ける選択をしました。

一方で、ASDの息子は、集団の中で強い困りごとをはっきり見せてくれました。

だからこそ、迷わず療育につなげる選択ができました。

もし、息子が困りごとを表に出さないタイプだったら…。

もしかすると、息子に対しても療育を受けない選択をしていたかもしれません。

娘と息子、それぞれ異なる選択をしてきた経験を通して、子どもの特性や困りごと、その時々の状態に合わせて、お子さんに合わせたサポートを選んでいくことの大切さを実感しました。

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